<第6回投稿 8月>

趣味のままで

中津川市教育委員会 教育委員 田島 雅子

 中津川市には「おいでん祭」という夏祭りがある。苗木藩の城の蔵から見付かった巻物を元にした、旗指し物を背負い舞う風流踊りと神輿練り歩き。

着付けを教えていた時、生徒からの「女だけで神輿を担ぎたい。」の要望にこたえ、祭り唯一の女神輿を挙げた。

3年目を迎え、かけ声だけでは物足りなくなり太鼓を一台借りることに。返そうとすると、その太鼓は進呈するから休止している「中津川太鼓保存会」を復活させてくれ、と無理難題を投げかけられる。青年会議所の大先輩からも強く後押しされ引き受けることに。

復活までの苦労は大きかったけれど、趣味として、気のおけない仲間と太鼓を打った後は、間違えたの息が合わないのと盃を楽しく交わしていた。

ところが、長野冬季オリンピック、愛知万博と、参加をする度に子供達が増え、責任がのし掛かり、趣味が責務になってしまう。

楽しい趣味が消えたまま、当時の教育委員長を拝命、仕事と太鼓指導、教育委員会絡みの所用の毎日。

心に余裕が欲しい、趣味を探そう。

行き当たったのは落語。落研出身者を話し相手に、古典落語にどっぷり。今まで落語は知らないはずなのに、聞いたことのある言葉が所々に出てくる。どうやら母が寝物語に話してくれていたらしい。懐かしいさも手伝い、上方も江戸も聞きつくし、寄席通いが始まる。

大須演芸場、市町で行われる落語会を覗くうち、楽屋見舞いで気に入った咄家に出会うことを覚える。楽しみは分かち合わなければと、落語不毛の地中津川に「古典落語研究会」なるものを立ち上げ、東西の若手を招いて、5回目の落語会を開く予定がコロナであえなく中止。

しかし、次の機会は必ずものにしようと狙う日々。これからは、趣味は趣味のままで楽しみたい。

 

 

丸ごと米作り 十三回目

神戸町教育委員会 教育委員 今津 昭雄

 十三年前、父親が健康を害し、寝たきり状態になってから米作りを継いだ。

現在では約三反の圃場で米作りをしている。父親が元気な時は、田植えや稲刈りといった農繁期には手伝っていたが、一から十までの「丸ごと米作り」はしていなかった。また現職の時は、休みである土曜日・日曜日に作業を集中して大変忙しかった記憶がある。今では定年をとっくに迎え、時間的な余裕は十分にある。

丸ごと米作りを始めた頃、農作業の仕方が分からず、途方に暮れていた私に年輩の方が「百姓の仕事は聞かないと誰も教えてくれないよ」と言われた。それ以降、近所の経験豊かな方にこと細かく質問をし、十三年も経ってしまったが、気候と関わりが深い米作りはなかなか難しく、まだまだ一人前になれない。

今年の場合、五月中旬から六月初旬にかけての育苗時期に最低気温が低く、例年よりも苗の育ちが悪く、予定していた田植を一週間延期した。また六月下旬に梅雨が明け、猛暑が続き圃場に大量の藻が生え、苗の成長や分けつが悪い。異常気象が叫ばれる昨今、私泣かせの日々が続いている。

長期に渡る農作業で最も大事にしていることは、圃場の巡視である。毎日圃場の水や苗の状況を見て回り、時には他人の圃場の様子を見る。肥料切れであれば追肥を施し、雑草が多ければ除草や薬の散布を行う。

つい先日のことであるが、水口(水を入れる所)付近に多数のオタマジャクシが群れ、アップアップの状態であった。その様子をみて、圃場の水の酸欠状態に気づき苗の生育に悪いと考え、水の入れ替えを行った。私は巡視こそ、お百姓仕事の基本であると考える。

今、日の出と共に多くの老若男女の方が圃場周辺でウォーキングや犬の散歩をしてみえる。そんな中、軽トラックで圃場を巡視されるお百姓さんも多い。私もその内の一人である。