<第11回投稿 1月>

今日も一緒に!

美濃加茂市教育委員会 教育委員 鹿野 久美子

 年寄りにこそ「キョウヨウ」「キョウイク」が必要だ、と聞いた時の説明では、「今日、用がある。」「今日、行くところがある。」ことが老化防止には大切だ、とのことだった。

二匹の犬との早朝散歩が日課の私は、ネックライトをつけ、小雨決行で、いつもの一日をスタートさせる。

美濃加茂市に定住してからずっと、家族の一員として柴犬がいた。

叔父宅から来た子犬「康の万力丸」は、単に「ベル」と呼ばれ、子供達の遊び相手となり、また時には頼りになる兄貴分だった。老年になったベルの慰めにと飼った子犬は、「紅千草」という漫画の主人公のような名前から「プリン」に。甘えんぼうで、じゃれて、いたずらばかりしていたプリンもベル亡き後は一人前の番犬に育った。美濃焼の柴犬「マロン」も仲間に加わり、賑やかになった。優しい外見に似合わず、2メートル近い青大将を銜えて振り回したり、傷つきながらも蝮と闘ったりと数々の武勇伝を残し、既に十歳になったプリン。「最近、やたら食欲旺盛だし、太ってきたね。」と話していたある冬の朝、なんと、二匹の赤ん坊犬がプリンの傍らに。超高齢初産も、犬ならではの安産。「父親はどこの犬?」唖然としながらも、プリンが子犬の全身を舐めてまめに世話を焼く光景を飽きもせず眺めていた。柴のミックス子犬に「ロン(論)」「リン(綸)」と命名。母子が芝生で仲良く寛ぎ遊ぶ姿が可愛いと見物人がやって来たり、子犬を譲り受けたいとの申し出も何件か。

帰省中の早朝、誰もいない川原に三匹を連れ出し、「遊んでおいで。」と解き放った。プリンが駆け出すとロンリンが後を追った。緑鮮やかな夏草の生い茂る河川敷を大きな楕円形を描きながらいつまでもひたすら走り続ける三匹の親子。「映像に残したかったな。」と手元に何もないのを残念に思いながらも、この情景をしっかり心に留めようとずっと眺め続けた。懸命に、ひたすら母の後を全力疾走する子犬。こんな場面には二度とお目にかかれないだろう、と感じていた。

時は流れ、ロンリンは今年十一歳になった。今朝も彼らのお供で一日が始まる。そろそろダウンのベストが欲しい頃だ。北斗七星は見えるかな。さて、今日はどちらからスタートするかな。先に行く気満々のロンもリンも、尻尾を振りながら扉の前で待機している。

 

「愉快な音楽家たちと」

池田町教育委員会 教育委員 中村 昌秀

 今が一番充実し、満たされた時です。

諸先輩の皆様方は、きっと私以上に自分の趣味や特技を生かしたうえで、教育委員として地域社会に貢献されながら日々をお過ごしのことと存じます。

私は、仕事をリタイヤしてもうすぐ古希を迎えます。今も生かされていることに感謝しつつ、今が人生で一番充実した楽しい時期を過ごしていると自負しています。

小さい頃から音楽が好きで、アコギ(アコースティックギター)に触ることが好きでした。しかし、職業に就いてからはアコギから遠ざかってしまい、ついにリタイヤの時を迎えてしまいました。60の手習いと申しますが、退職してから好きなアコギに触る時間を意識して持つようになりました。多重録音にハマりました。自分一人でアコギ、ベース、キーボードの音を出し、重ねて録音します。50曲ほど録音しました。かなりの時間を楽しんでいました。アコギを弾きすぎて指の筋を痛めてしまい、人生初の手術も経験しました。

そんな時、義理の弟がバンドをやっていると知り、私もバンドに加えてもらいました。愉快な音楽家たちと懐メロを練習しています。練習の目的は発表会での演奏です。10人程のバンドメンバーで、年齢は殆どが60歳代。とても楽しい時間です。発表会は、地域の公民館での文化祭や、老人介護施設です。老人の皆さんが手を合掌して聴いてくださったり、涙を流して聴いてくださったりすることもありました。私の父親が入所している施設で演奏させていただいたこともありました。今は、父親は亡くなりましたが、その時の息子である私を微笑んで見てくれていた姿は忘れることができません。池田町の障がいのある子たちの集いで演奏したこともありました。私たちの演奏に合わせて、子どもたちや青年たちが体を動かしながら笑顔で歌っていた姿には私たちが励まされました。地域に貢献していると実感した演奏会でした。

現在コロナ禍で、発表の活動はストップしていますが、愉快な音楽家たちとの練習は可能な限り継続しています。大切な仲間とともに、音楽を通して地域社会にわずかでも貢献しようという目的が与えられていることに充実感を持っています。古希直前ですが、向き合えるものがあるって嬉しいことです。